“イチロー封じ”はできていたのか? 1995年日本シリーズ – 野球好きのブログ(仮)

“イチロー封じ”はできていたのか? 1995年日本シリーズ

“イチロー封じ”はできていたのか? 1995年日本シリーズ


みなさまこんにちは。

さて、今回は1995年の日本シリーズについて見てみようと思います。

1995年の日本シリーズはオリックスVSヤクルトの対戦であり、 “仰木マジック 野村ID野球 ”の対決と言われました。名将同士の好カードですね。そんな中でも有名なのが野村ID野球の“イチロー封じ”でしょう。

イチローはメジャーに渡る前の成績もとんでもなかったですし、おそらく当時の最強打者と言っても過言ではないかと思います。

そんな最強打者を野村ID野球は本当に封じられたのでしょうか?






1995年 日本シリーズ成績







上の表は1995年のイチローの日本シリーズの成績です。シリーズ通算の数字では、打率.263・1本塁打・2打点とまずまずな成績となっていますが、一般的には“イチロー封じ”に成功したと言われています。

それはなぜなのでしょうか?

今回はこの“イチロー封じ”が成功したといわれる理由と、管理人なりの考察をしていきたいと思います!



理由1:イチローの実績が凄すぎた!



まずはこれが大きな理由だと感じます。大ブレイクした前年は、前人未到の200安打を達成し、打率.385と驚異的な成績を記録しています。そして、次の年である1995年は最多本塁打こそリーグ3位で惜しくも逃したものの、5冠王に輝くなど、さらなる進化を遂げています!

この実績を考えると、とんでもない選手であり少々の活躍だと“活躍していない”と感じたのではないでしょうか?

つまり、見る側のイチローに対するハードルが非常に高くなっていたのだと思います。



理由2:第4戦までの打率が低かった!



シリーズ通算こそ打率.263となっていますが、第4戦までは16打数3安打で打率.188とかなり低水準な数字になっています。短期戦にしても低い数字でしょう。

これは、ヤクルトが試合前の情報戦を含めた心理戦や徹底したマークによって抑えられたものだと言えますね。実は、第5戦目に1本塁打を含む2安打を放つなど復調気配がありました。ですが、チームは敗れてしまいヤクルトに日本一の座を譲る形になりました。

5試合中4試合が抑えられてしまったため、封じられたという印象が強くなったのでしょう。最終戦までもつれていたら印象は変わったかもしれません。



理由3:チームの勝敗







表の通り、オリックスはこのシリーズでは1勝4敗で敗れています。大きく差を付けられての敗戦でした。唯一勝利した第4戦も2-1と接戦であり、ヤクルト優勢のまま日本シリーズが終わったという印象が強いですね。この印象が強く残っているのではないかと感じます。逆を言うとこの印象を持たせることができたヤクルトの戦術は成功したとも言えますね!

こうして改めてみると、点数的にはイチローの好不調はそこまで影響がないように見えますね。

大きな要因として、上記の3つが一般的に“イチロー封じ”に成功したといわれる理由なのではないかと思います。

では、ここからはより細かく“イチロー封じ”について、考察してみたいと思います!



完全な“イチロー封じ”はできなかった?







イチローの打撃詳細を表にしています。詳細を見てみると、5試合中無安打の試合は2戦目のみであり、4試合は安打を打っています。しかし5戦目まで複数安打がなく、打率も2割を下回る水準であり、2戦目までは1番を打っていましたが、3戦目からは3番に打順が変更されています。この打率を見ると4戦目までは“イチロー封じ”に成功したと言えると思います。

しかしながら、出塁率も含めると一概にそうとは言えないように感じます。出塁に注目すると、5試合全て何かしらで塁に出ており、4戦目でも3割を記録しています。

短期決戦で出塁率3割は決して高くはありませんが、低すぎるとも言えない成績だと思います。そして最終的には.375となっています。また“イチロー封じ”が強く出た4戦目までを振り返ると、安打こそ2本で済んでいますが、四球1つ・死球1つ・敬遠1つとヤクルト側もかなり厳しい状態だったと感じます。

チャンスでは犠牲フライも記録しているため、“イチロー封じ”にある程度の成功は収めたものの苦戦していることは分かりますね。3戦目までに2安打に抑えていながら、4打席目に敬遠を選択したことを考えれば抑えているという認識は薄かったのかもしれません。

以上から見るに、完全に抑えるのはID野球といえどもできなかったのではないでしょうか?






“イチロー封じ”というよりも“オリックス封じ”だった?







このシリーズでイチローは9回出塁していますが、得点は自身の本塁打の1得点のみとなっています。つまり、塁に出た全てで残塁したということであり、それだけ後続の打者が打てていないと言えます。

打順は当然上位であり、1番と3番を打っていました。上位打線であるにも関わらず得点に結びついていません。オリックスとしてはイチローが中心で決めるという意識があったと思いますが、さすがにこれだと勝利が遠のくのも無理もないと感じますね。

オリックスに勢いをつけさせない作戦であるため、ヤクルトの“イチロー封じ”は成功と言えますが、ここまで打てていないと“オリックス封じ”と言ったほうが良いのかもしれませんね。



翌1996年の日本シリーズ成績











ここで参考までに、次の年もオリックスは日本シリーズに出場し日本一に輝きました。その時のイチローの成績と比較してみましょう。



打率は同じ.263でOPSは下がるなど、数字的にはやや低くなっていると思います。しかし、初戦では勝ち越し本塁打を放ち勝利に貢献し、4試合目まで打率3割をマークするなど、活躍したイメージが強く残っているのではないでしょうか。また、チームも日本一になったため最終的な成績よりも印象に残りやすかったと言えそうです。



まとめ



今回は“イチロー封じ”について見ていきました。

もちろん人それぞれ色々な見解があると思いますが、管理人としては、

・“イチロー封じ”は成功したものの完全に封じ込むことはできなかった
・イチローとヤクルトの両者ともにかなりハイレベルの戦いであり、素晴らしい対戦だった
・“オリックス封じ”と言ったほうが良いのでは?
と結論付けてみました。

近年の日本シリーズはソフトバンクの圧勝が続いていると思います。しかし、セ・パともにレベルアップし、上記のような“ハイレベルの日本シリーズ”を見たいですね!



補足



1995年の日本シリーズでは、イチローの盗塁数は0となっています。古田の強肩を意識した影響かはわかりませんが、ある意味これが一番“イチロー封じ”だった のではないかと調べていて感じた管理人でした。



余談~ 2021年日本シリーズ~



2021年の日本シリーズは今回の考察した1995年と同カードとなっています。実に26年ぶりですね。
このヤクルトVSオリックスの対決のポイントは、両チームとも監督がこの1995年には現役選手でレギュラーだったというところでしょうか。
ヤクルト・高津臣吾はクローザー、対するオリックス・中島聡はキャッチャーとして。
両チームとも後半の猛追からリーグ優勝、そしてクライマックスシリーズも難なく突破したことから監督の手腕は高いことはわかるでしょう。

高津、中島両監督とも名将の教え子にあたるわけですから、言ってみれば野村IDと仰木マジックの継承者とも言えますね!
名将のDNAを受け継いだ二人はどんな試合を見せてくれるでしょうか?
ヤクルトが再び日本一を獲るのか、はたまたオリックスが26年前の雪辱を果たすのか、非常に楽しみですね!!



今回は以上です。

ご意見・ご感想・ご質問等々あればコメントよろしくお願いします!

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